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鷽の宿木

戦国無双シリーズ 真田幸村総愛され欲を書き散らすブログ。幸村を全方位から愛でたい。

奇病にかかったー5(三幸)

【幸村は右目から紫色の花が咲く病気です。進行すると一日を殆ど眠って過ごすようになります。花に付いた朝露が薬になります。】

漆塗りの椀の中に陽の光を受けてきらめく雫が滑らかに落ちて行く。重たそうに朝露を纏った花々を散らさぬよう気をつけながら丁寧に作業を続ける。
眠気で散漫になって袖が触れてしまうとせっかくの露を吸ってしまうから、多少の寒さを我慢して、腕は剥き出しだ。
椀が半ばまで満ちたところで三成はつめがちだった息を大きく、ゆっくりと吐き出した。
戻る道は自室ではなく、その隣に位置する部屋。
少し前までそこは乱雑に書物が仕舞われていた埃っぽいところだったが、今はどこよりも清潔でどこよりも静謐で、前を通ると、呼吸の仕方を寸の間忘れる。
「入るぞ」
返事がないことを理解した上で三成はいつも必ず声をかける。
無音を聴いてから襖を開け、静寂を壊さないように歩を進める。
殿は歩き方が雑なんですよ、足音でまで周りを突っぱねてどうするんです。なんて軽口を叩かれた挙動の影はまるでない。
神への捧げものよりも大切なものだと、酷く慎重に椀を置いて、腰をおろした。
見つめる眼差しの先に、紫苑色の花を宿した白い顔がある。
この部屋が放っておかれていた頃には、生気に溢れ輝いていた顔色。鍛錬のあと、血色よく火照った頬に伝う汗を拭ってやったのは遠い日のことではない。
思い出し、頬へ手の甲をあて滑らせても、手の冷たさが心地良いとはにかむ声は返らない。
むしろそこは、三成の手よりもひやりとしている。
体中が、怖くなるほど冷えているのだ。
「朝寝もすぎて、三日経ってしまったぞ。槍が恋しかろう、幸村」
呼びかけで直ぐに目を覚ませていたのは花が蕾のころで、開き切ってからはどれだけ大声をだしても身をゆすっても眠っている。起きている時間がどんどん短くなって、数日の間に一刻覚醒していればよい方だ。
起きている時の幸村はまだ夢を見続けているようにぼんやりしていて、幼子のように拙く話す。
『みつなりどの』と呼ぶ声音が舌足らずで危うげで、そしてとても甘ったるく耳に残る。
信念を貫こうとする意思の強い声が聴きたい。戦場の怒号の中を突き通る勇ましい叫び。平穏の中で笑う純朴な声。
このままでは甘さばかりに浸されて腐り落ちてしまいそうだと、三成は時折、耳を塞ぐ。
病に罹る前から変わらぬ幸村の音が欲しくなり、薄く上下する胸の上に顔を寄せる。
目を閉じて意識を傾ければ、心の臓の確かな鼓動が聴こえて安堵する。
三成にいつでも応えてくれるのはその密かな音だけで、縋っているのだと自覚すればするほどに、離れがたく愛おしかった。

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