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戦国無双シリーズ 真田幸村総愛され欲を書き散らすブログ。幸村を全方位から愛でたい。
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さらさらと頬を擽るものの感触で目を開けた。
ぼんやりと膜が張った視界に白い物が浮かびあがる。徐々に明瞭さを増していく中で、それが大層美しい人の顔だと解り、やや遅れて、ああよしつぐどのだ、と幸村は彼の人を認識した。
仰向けになっている幸村を覗き込んでくる彼から艶やかな長い髪がおりている。頬にあたっていたのはこれかと理解して、眠りの縁に未だ手をかけたままの思考で、どういった状況なのだろうと考える。
自分は眠っていたのか、ならば今は夜か、もう朝なのか。何故吉継がいるのか。
そもそも、真上から覗きこまれているこの体勢は、吉継から馬乗りになられていることを示しているのに、それに僅かな違和感もない。
これがうつつなのか怪しく、一向に頭が冴えないのも相まって、夢を見ているのだろうと判じた。
吉継の目元は柔らかに撓んでいる。笑っておられる、機嫌が良いのだと思い幸村はほっとした。己なんぞが、彼の友だと言うのはおこがましいが、それに近い親しみくらいは持たれているようだから。
ありがたいことだなどと、己を低く遠く置いた評価で捉え、無意識下で吉継と心の距離をとる。
好意がある人が喜ばしげにしている。それは良いことだ。そしてその良いことは、これ以上近くも深くもならない筈なのである。
吉継の顔を間近でじっくり見たのはこれが初めてだ。目元のみでさえも見れば見るほど精緻に整っていて、性別も好みも問わず誰もが見惚れるだろう。
ふと、子供じみた、疑問にも満たない考えが浮かんだ。
美しい人は、美しい物を食べるのだろうか――――と。
夢であるからこそ、常であれば思いもしないこと、他愛もない空想が好奇心を心地よく膨らませる。
美しいもの。人によって異なる価値観に照らし合わされ、なお万人が美しいと認めるもの。
色鮮やかな様々が浮かんでは、目の前の吉継の麗しさに打ち消されていく。彼に相応しいほどうつくしい何かに思い至らない。
と、幸村の、決して言葉にしていない胸の内をそのまま見透かし吉継がわらう。
「面白いことを思う。俺が、花や蝶を食むとでも?」
花、蝶。確かにそれらは頭をよぎった。しかし、食むところまではまだ想像していなかった。花や蝶を食べることは現実に則していない。だが、言われて想像してみると、なんら可笑しいことではない気がしてきた。
吉継は常人とは違う。
あまりにも整いすぎている顔。世の流れに粛々と従っているようでいて、地に足をつけて歩く土の匂いがしない。
魂はどこか別の、神か仙人が座す処にあり、器である肉体のみが骸に蛆が湧くようなこの醜い浮世にいる。人と掛け離れ、人と違う姿形をした物を、人は異形と言ったのだ。
問うた言葉に遅れてこくりと頷いた幸村に、異形は楽しげに語りだす。
「容姿を褒めそやされるのは慣れたを通り越して、最早頭にも入ってこないが、お前ならば嬉しいものだと思い出せる。そう、本来ならば喜ぶべきなのだろうな。俺は、お前から見て“うつくしい”か。ならば、この顔も誇れようものだ」
吉継が笑う度に僅かに揺れる髪で頬がくすぐったい。身をよじろうとするが動けないことに気付く。
仄かな苦しさに寄った眉を見咎めて、吉継は幸村の眉間を軽く撫でると、原因である垂れた髪を掬って背後に流した。
ひとしきり吐息で笑い終えた彼は口元をゆったり覆う襟を引き下げる。
「食むにしても、蝶は鱗粉で噎せそうだから御免だが、花ならば良いだろう」
言いながら迫ってくる、遮るものをとりはらった顔。露わになった唇がこんなにも無邪気に弧を描いているだなんて、一体誰が予想するだろう。
「ああ丁度目の前に花があるな。期待にこたえてもよいだろうか?」
その言葉にはてと考えられるほどの間を与えず、形の良さに感心していた唇が幸村のそれの端を掠めて、顎を伝い、喉元に吸いつく。
急所を捕えられたことに本能的にざわつく胸にも彼の手が置かれていて、逃げ場を失った。
喉元を濡らす柔らかな唇から固い歯が皮膚を撫で、大きく開いた口で吉継は喉仏に喰らいつく真似ごとをする。
ど、と一際大きく脈打った心臓を手の平で感じたか、あっさりと離した口を代わりのように首筋へずらして、かぷ、と噛みつかれた。歯が喰い込んでいるのに痛みがない。
ひとつ、ふたつ、ゆるりと呼吸をするのは時をかけているのだ。歯型はくっきりと残っただろう。髪をくしゃりとされる心地で撫でられたのが解る。
身を起こした吉継が親指で自分の口元をぬぐい、その指で次は幸村の唇をついとなぞる。ぬるりとした感触。じわりと湧いたのは異様さでも淫靡さでもなく、蜜に絡め取られた虫の気持ちだった。
吉継は先ほどよりも一層笑みを深くして感嘆する。
「花の傷だ、綺麗だな」
吉継が言う花が己だと理解することは、幸村にとって難しかったが、何度も肌を弄ぶ歯と舌が無理矢理にでも理解させた。ほんの戯れに興じているように、命を弄ぶ美しい人の行いを止めたい。喰われつくされたら己がなくなってしまう。
夢の中の恐怖心は現実のものと同じだ。逃れたい一心で幸村は空想を続ける。
蝶が欲しい。噎せるから厭だと言ったそれを食ませたらきっと咳き込むだろうから、その隙に身を離して、どうにかこの夢を終わらせたい。けれど彼を苦しませるのは嫌だ。ならばやはり己が耐えるしかないのだ。
幸村の葛藤をよそに、或いは確りと見透かしておきながら、吉継は囁きでもって諭す。
―――――お前の在り様は美しい、だがお前は美しいよりも、可愛らしい。
可愛い可愛い、皆の花よ。
皆が咲けと言いながら、散るはならぬと惜しむとなら、お前の蜜を吸いつくし咲けぬようにしても良い。
望みを奪われたお前を俺は喰らって生きような。
可愛い可愛い、俺の糧よ―――――。
これは、呪詛だ。
鼓膜から潜み入り、優しげな声音で心を侵してくるもの。
それが這う得体のしれない感覚が恐れに達する前に、甲高い鳥の鳴き声が聴こえた。
永啼き鳥は無粋だなという呟きと共に、ふっと身体が軽くなる。急に明るくなった視界を再び暗さが覆う。
「さぁ、また夢を見ると良い。次こそはきっと目が覚める」
とろりと霞んでいく思考で、夢の中で夢を促されるのが奇妙で、少し笑う。
意識が遠のいていくのがうつつに手招きされているのだと信じて疑わず、幸村は吉継の手の平が作ったあたたかな闇の中で目を閉じた。