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鷽の宿木

戦国無双シリーズ 真田幸村総愛され欲を書き散らすブログ。幸村を全方位から愛でたい。

椿は蜜を垂らし遣る

肉食系な吉継を書けとお告げがあった。お試し系の短い吉幸。



* * * * *



――――無体を強いられようとしている。
己の両腕を畳に押し付け馬乗りで見下ろしてくる吉継に、幸村は感じたことのない緊張で身を固くする。
抵抗せねばと思考は警鐘を鳴らすのに、力の限りに抗えばこの儚げですらある麗人を傷つけ、それは酷く無礼で許されないことのように思われた。
ともすれば矜持も身体も、傷つけられるかもしれないのは己だというのに。

「三成が、」

幸村が友と慕う人の名が唐突に零される。

「お前を純粋だと、いつも言う。平素は武働きなど期待できそうにないほど穏やかで、優しげで、事実心善い男だと。お前の優しさはこんな時でも変わらない」

少しくらい打たれても良かった、いや打たれてみたかったと関心した声音でのたまう吉継は、彼が日ごろからよく口にする言葉と同じ、冷涼な川の流れのように澄んだ雰囲気を纏ったままだった。
ほの暗い室内に垂れこめる空気はこんなにも熱と濃さを増し、重くのしかかってくるというのに。

「吉、継殿。・・・・なにを、」

なさるおつもりですか。続く筈だった言葉は白い指に遮られた。
見慣れた籠手を外した素のままの指先はそれだけで、秘すべき物を曝け出すいやらしい錯覚を覚えさせ、背筋をぞくりと粟立てる。
細く整った手は姫君の如き薄い色で、それでも戦場に立つ立場故、印象としては存外男らしかった。

「なに。大したことではない。安心して身を任せると良い」
「そういう、流れ、だと?」
「そうだ」

良い子だなと耳朶に落ちてくる囁きがくすぐったい。
私は幼子ではありません、と反射的に答えそうになったが、先ほど言葉を封じた指が今度はごく僅かに唇を割って舌先に触れたものだから驚愕で息を呑む。

「逃げるな。常に恐れず切り込んでゆく武士だろう。何事にもそうであれ」

咎める言い様なのに吐息が笑っている柔らかさが、いとおしさ、であると幸村は気付かない。いや、知らない。
咄嗟に喉の方へ退いた舌を招こうと指が動くのに慄き、閉じた歯が硬い爪の感触に止められる。
同時に薄い肉を軽く食み潰す感覚で、ああ吉継殿を噛んでしまった、と罪悪と後悔が胸に湧いた。
危ういところで加減出来たので血の味はしなかったが、噛まれた方は痛かろうに吉継はむしろ嬉しげに目元を撓める。
理解が及ばぬ反応に無防備な顔をしている幸村の為に、吉継はわざわざ説いた。

「このままことに至ってしまっては、お前が気を遣いすぎていて痛ましかったのだ。俺は三成ほど繊細ではないから、もっと抗って構わないし、戦場以外でのお前の激しさも見てみたい。受けてみたい。だから噛まれて良かった」

なんてことをいうのだろう、この、敬愛する友の最も近き人は。
こんな時でさえ日常のように三成の名を出し、突然襲った非日常で動けない幸村を更に翻弄する。
くらりと明滅する視界に浮かぶ貌は薄氷のように透明で美しいのに、とろりと煮えて滴る物を腹に潜ませているということに幸村は今更ながら恐れを抱いた。
己を押し倒し圧し掛かり押さえつけるこの人は、どんなに涼しげで儚げで物静かでいても、紛れも無く“男”なのだ。

「ぅ、ん、っ!」

閉じた歯が緩んだ隙に押し入られ、縮こまっていた舌先を引っ掻かれて漏れた声がよろしくない。何が、とも、どうして、とも分からないが、本能的に察している。
口内から指が抜かれてほっとしつつも、当然己の唾液で濡れていることに羞恥が耐えきれず目をぎゅうと瞼の内にしまって顔もそらした。

「いとけない仕草をして」

ふと髪を撫でられる心地に強張っていた身体が条件反射じみて和らいだ。
兄に大事にされてきた経験で、撫でられることに幸村は弱い。不純な熱が籠らぬ物ならなおさらのこと。
そうっと開いたまなこの先で慈しみに満ちた、ような表情で吉継は見つめてくる。

「残念だが、初心さに胸打たれて身を引いてやれるくらいの時分は、とうに過ぎてしまった。鍛錬には響くだろうが、後々まで響かない程度には、自制しよう」

一瞬安堵しかけた幸村の甘さを凍らせることを言って、吉継は口元を覆うゆったりとした襟を引き下げる。初めて露わにされた素顔をよく見る間もなく、近すぎて見えなくなる距離までぐっと詰められて、彼の本気をこれから味わわせられるのだと悟った。

「お前はこれからずっと、俺に流されていると良い。・・・・・ゆきむら」

ふわっと溶ける砂糖のように甘やかす響きで呼ばれた名は重なった唇の熱さですぐさま焦げ付く。
現状もその先も、行動でもって示された吉継の慕情も絡んだ舌も、抗えなかった幸村も。
何もかもが手遅れだった。

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