春告げ鳥に攫われる 毛利家×幸村 2014年06月07日 就幸沼から派生して落ちた隆幸沼。広めよう隆幸の輪。ゲーム本編では一切絡まないけど新キャラのイケメンが主人公と関わっても良いじゃない! ゆるふわ腹白軍師の路線でしたけどDLCで隠しきれない黒さが滲みでていたのでやはり大殿の子だなってときめきが隆幸の始まりでした・・・。 * * * * * 「あなたからは桜の香りがします」 愛でるように字を追っていた本を静かな所作で閉じて、隆景が幸村に視線を寄越した。 薄い色をした瞳が声音と同じ柔らかな眼差しをしていて、その整った顔を真っ直ぐ向けられるのが己であることに不相応さを感じてしまい、幸村はこくりと僅かに唾を飲み込む。 本当は目を逸らしたかったが、それは失礼であるし、何より隆景の纏う雰囲気は春の日差しのような穏やかさとは裏腹にどこか冷たく鋭い物がそっと隠されているような心地がした。 「この通りの武骨者です。雅な方や、女人と違い、香などはつけておりませんが」 移される相手もいなければ、移るような触れ合いもない。 疑問を宿しながらの正直な答えに隆景は首を振る。 「いえ、そういったことではないのです。香でないことは解っています。私の心の在り様ですよ」 「隆景殿の、こころ」 「意外ですか」 隆景のような知略をもって戦場に立つ類の人間は、理屈や理性、思索こそに価値をおき、人の心などという物のことはあまり口にしないのだと思っていたから、幸村は不意打ちをくらったような気持ちになる。 同時に、何故この御仁は私を相手にしているのだろう、と幾度も考えた問いが浮かび、やはり口に出せぬまま胸の内に沈めた。 隆景は、余計な腹の探り合いをさせないよう、するつもりはないのだと示すように、ちょっとした仕草も読み取りやすく見せている。それは幸村にも解る。 彼が伝えようとしていることが解らない。 隆景は剥き出しの答えを易々と与える気はないのだ。 「あなたは桜が似合う。あなたを桜に例える人の言葉を沢山耳にしました。惜しまれていますね。言いかえればそれは、あいされている、ということだ」 あい。またも不意打ちが襲う。 真綿を手の平に乗せて差し出すと見せかけて、刃が仕込んであるのと同じだ。 隆景の言わんとしていることが、どうにも胸を騒がせる。 「隆景殿の仰る意味が・・・私に教えんとなさっていることが、愚鈍なる幸村には解りかねます」 「おや。そうでしょうか。私はそうは思いません」 立ち上がって、歩を進め、また腰をおろして。幸村と膝を突き合わせた隆景は額を合わせそうな程近い。 「花を、紙で包んで本に挟む。重しのために何冊か重ねて、しばらく置く。すると、まるで蜉蝣の羽のような、日を透かすほど薄く渇いた状態になります。そうなった花はね、枯れて腐って土に還る、儚い時から解放されて、長くとっておけるのです」 吐息が届く位置で人に語られるのは初めてで、戸惑いと驚きが身体を縛りつけすっかり拒絶の術を失った幸村は歌う様な囁きを大人しく聴いていた。 視界の端に隆景が置いた本が見える。何が書いてあるのか読みたい。そうすればこの淡い束縛から逃げられる。 「お願いします、隆景殿。どうか明瞭に」 焦れて急かす幸村の泣きだしそうな必死さに、唇はとても満足気に弧を描いた。 「花を手元でずっと愛でていたいと思うのは人の情。私にも欲と望みがある」 すぅ、と胸を膨らませる幽かな音がする。たった今吸った息で、次の言葉が放たれてしまうだろう。 ぞわりと心の臓が寒気に撫でられる。 此処にいたくない。心なんて知りたくない。 しかし幸村の願いは、目前で優しく微笑んでいる人から摘み取られる。 「あなたを閉じ込めたいな」 ふいに顎先に触れた冷たさが隆景の指だと気付いた時、幸村は既に囚われていることを悟った。 [4回]PR