比翼の鳥も墜とそうぞ 毛利家×幸村 2014年06月07日 就幸ヤンデレ。ヤンデレが似合う大殿へひれ伏す。やんわり欠損。 毛利親子で幸村監禁生活が見たいです。 * * * * * 己の中で長い間ぼんやりとした霞の集まりだった愛というもののはっきりとした形を、もっと早くに知っておきたかったと、幸村は胡乱な頭で考えた。 愛、あい。 その言葉を快活な声で耳にいれてくれた友は、尊く美しい物だと語っていた。彼の人が共に教えてくれた義は、乱世を生きんとする幸村の魂に宿った信念の槍を、強く確かに固めてくれた。 この大切な言葉と友情と、分け与えられた灯火を胸にいつか己の全てを燃やしつくして灰になる筈だった。 己には槍しかない。戦場の中でのみ誰かを殺し誰かの目に映りようやく存在出来るのだから、もし槍を取り上げられたのなら、ただ息をしているだけのことは耐えられない。 なのに、なのに。 「綺麗に塞がったね」 小指の爪にそうっと触れられた幽かな感触に背がぶるりと寒さを訴え肩が跳ねる。 幼子が戯れるように幸村の小指を柔く握り、開いては形をなぞっているのは、重ねた年月が刻まれた渇いた指。 ふさがった、と言った主が、その痕をつけた。 否、そこを奪った。 「雨に濡れた獣の仔よりも、君が震えるのは憐れっぽいなぁ」 幸村の身の震えに合わせて爪がかちかち床を掻く音がする。 それは虫が這う音にも似ているが、這ってくるのは毒虫だ。毒は果敢な武士であった幸村の心をまず侵し、肉体が徐々に衰えていった。 敵を切り伏せに駆けた脚は今や萎えて立つことさえままならず、多くの武功をたてた腕は抗う力を失った。 弄ばれている小指の隣には空白が在り、そこから恐怖が絶えず流れ込んでくる。 幸村は呼吸を整えながらやっとの思いで声を発した。 「もとなり、殿。これ以上、この身から奪うのは、おやめください」 必死に押さえつけてもぐらぐら揺れている声音に、返ってきたのは柔らかな吐息だった。 「うん。指は、もう取らないさ。何度言っても怖くて不安で仕様がないんだね。触る度にこれほど恐れるなんて、私も随分深い傷をつけてしまったものだ」 既に世を去ったとされる稀代の謀将―――毛利元就。 はかりがみと恐れられたその人が、生きて幸村の目前にいる。 唯いるどころではない。彼は幸村を自らの領地に隠匿し、城の座敷牢で囲っていた。 『本当に大事な宝物は誰にも見られないように仕舞っておくものだろう?だから君を隠しておくんだよ。この世から』 元就は自らの死を世に広めたのと同じく、捕えた幸村のこともまた死んだ人間にしてしまった。 真田家さえも欺き通し、幸村を救わんとする者はいない。 扉の無い檻の中に繋がれて、羽まで捥がれた鳥のように、幸村はずっと陽の当らぬ暮らしをしている。 薄暗がりの中で目覚めたその日、幸村は元就によって“記憶”を植えつけられた。 耐え難い激痛の記憶。 逃れ得ぬ恐怖の記憶。 そして、身勝手で狂った、愛の記憶。 『契った証が必要だ。私達が繋がっている証。彼岸へ往った後も、この世の者たち皆がそれを見て、はっきりと愛を知ることのできる確かな物が』 元就は恭しく小刀を握っていた。 縛りつけて身動きを封じた幸村の左手、欠けず揃った指の一本。 薬指を選んで、猿轡の奥から叫ぶ拒絶を無視して一切の躊躇も慈悲もなく―――切り落としてしまった。 戦場に立つ者として苦痛に耐えることは幾度もあったのに、あの時の痛みだけは焼きついて消えない。耐えられない、壊れてしまう。人は痛みで狂えるのだということに気付かされた。 切断された薬指は今は元就だけが知る何処かへ隠されているらしい。 箱の中にきちんと寄り添わせて入れてあるよと、痛みに苛まれ熱を出した幸村を看病しながら彼は耳元で囁いた。 寄り添う。何が。あの指に。私の指になにを? 悪夢とうつつの狭間を彷徨うおぼろげな意識で問いかけた幸村に元就は誇らしげに己が左手を掲げて見せる。 『君と同じだ』 欠けた指の空白の向こうから澱んだ熱っぽい瞳が笑みかけてくる。 『私達の指は、箱を閨に同衾しているよ。私も早く、君と朝を迎えたいね』 肉体から切り離された一片さえも閉じ込められて、死した後も解放されぬのだという。 では、この身も、骸となれば此処から出られるのではなく、彼の隣へ葬られるのか。 幸村の心に亀裂が入った瞬間を見逃さず、元就は明るく言い放った。 『これからはずっと一緒だね、幸村くん』 武士としての己がころされる。友が移した灯火が吹き消される。 もう槍を握り命を賭けることがないのだと悟って、幸村はその時、塵も残さず消えてしまいたくてたまらなかった。 元就は小指を弄ぶのをやめて、震え続ける幸村の手を下から掬いあげた。 座敷牢へ閉じ込め薬指を切断して以降、彼は常に気遣わしい丁寧な所作で幸村に接した。宝物。大切だから慎重に扱う。その言葉の通りに。 どれだけ優しかろうと触れられるだけで刻まれた記憶が蘇り鼓動は早鐘を打ち身体の自由がきかなくなる。 元就は綺麗な物を眺めるように歪になった手を見つめ、口元へ引き寄せると切断痕へ舌を伸ばした。 むき出しだった肉と骨の上を覆った新しい皮膚を吸われる。 喉が引きつって情けない声が漏れそうになるのを必死で堪えた。 血肉の味を確かめられている心地がしてじっとり嫌な汗がうなじを伝う。 塞がって良かった、塞がってしまって残念だ。そのどちらともとれる声音をしていた。 もう奪わないなんて、何処まで信じられるものか。 狂っているとしか思えないのに、善良ささえ漂う面差しで平気で話をする元就が心の底から恐ろしい。 「そんな目をされると困ってしまう。私は鬼にでも見えるかい」 口を離し問いかける元就は真実困っているようだった。眉を下げ自嘲的に微笑む唇はねぶった唾液で薄く濡れている。 「・・・鬼よりも、なお、おそろしいもの、に・・・なれど」 「うん?」 怯えて喉が詰まるのに、言って御覧、と眼差しで促される。 「あなたは、あなたでしかない。あなた、を、こえる化け物を、私はしらない」 「―――ああ。うん」 そうかなと答えを返した元就は頭を掻きながらやれやれといった様子で、幸村の言に気を悪くするでもなく、半ば己自身に呆れたような、いたって正気のような仕草だった。 「では幸村くん。君はなんだろう。化け物に愛される君は、もしかしたら私以上の化生かもしれない」 「私、を!・・・戦場から、この世から、消したのはあなたではないですか!武士として、散る筈だった、のに、私はもはや、何にもなれはしない!化生、などとっ・・・・」 かっとなって声を荒げたが、直ぐに咳き込み苦しさで蹲る。 丸くなった背中を元就がゆったりとした手付きで撫でた。あやされている。 「私は君が言うことをよく解っているよ。君と添い遂げる為に相応しい人にはなれないから、君を私に相応しい者へ堕とした。どれだけ厭い詰っても、もう指は戻らないし君は此処から出られない。逃がさない。老いぼれに語れる先は短いが、幸村くんがこれから在るのは私の傍らのみだ。告げただろう。『ずっと一緒』だって」 元就は己と幸村の左手を重ねて繋ぎ合わせた。 欠けた指のせいで上手く絡まないそれは簡単に振りほどけそうであるのにびくともしない。 腕力が、握力が、気力が胆力が信念が気概が、戦うべき人であった己に漲っていた全ての炎が。 消えて久しいこの暗がりの中では、幸村はただ息をするだけで愛される生き物と成り果てていた。 かつて教えられた“美しく尊い”それを理解する。 愛は化け物の所業のことだ。死をもってしても囚われ続ける、永劫の檻だ。 ふと元就が感嘆の吐息を零した。 空いていた右手が幸村の顔へ伸びてきて、筋が浮かぶ痩せた甲が頬を撫でる。 顎先からぽたりと雫が落ちた。膝の上に染みを作って、どんどん広がっていく。 「幸村くん、幸村くん。泣かないで。私が涙を止めるのが不得手だと、知ってるだろう。ああしかし、本当に、君は愛しい子だなぁ」 堪らず元就は幸村を抱き締め腕の内に囲い込む。 幸村はされるがままに身を預け、溢れる涙と共に心も流れきり恐れも哀しみも失くしてしまえれば良いと願う。 寄せた身体は双方あたたかく、血がかよったぬくもりと息使いにお互いがきちんと生きているのを思い知らされた。 せり上がってくる気持ち悪さに嘔吐いたがあまり食べ物を受け付けられない腹は吐ける物がなくて、代わりに奇妙に笑ったような呼気になる。 それにつられたかの如く耳の後ろを擽った声は幸せそうで、はやく狂ってしまいたかった。 [6回]PR